2011年12月16日金曜日

地下室のハーモニー

伊藤計劃の「ハーモニー」を読んだ。 高度な医療厚生による管理社会。 病気の排除。他人を労わり、他人から慈しまれる関係性。 限りなく調和に近い社会。 しかし、その空気に耐えられない人も中にはいる。 原因は「意識」。 その微妙な蟠りが調和を完成させない。 が、その意識を人間から取り去ってしまっては、人間活動の根拠はどうなる? しかし人類のモデルに到達する為には意識を排除しなくてはならない。 こんな世界観の近未来のお話。 読んでいて思い出したのはドストエフスキーの「地下室の手記」。 「およそ一切の意識は病気である」なんて言い切る地下住人。 水晶宮ではあらゆる事柄が自明になっており、選択の必要は無いし、 もちろん主体性も不要なのである。 オルゴールが調和を奏でさえすればそれでいい。 しかし、そんな社会のどこが楽しいのだ? それに人間ってやつは完成された社会になったとしても、 気まぐれにそのシステムを打ち壊そうとするやつが現れるもんなんだ。 なんかもっとたくさん書きたいけど、そんな力がない。 それがこの「ハーモニー」の主人公やその友人であったりする。 文体も軽くて読みやすいし面白い。 登場人物の名前がアニメ的な雰囲気だった。意図的なんだろけど。 そこが最後まで馴染めなかった。 霧慧トァンとか御冷ミァハって。 個人的にはそんな社会が来ることを望む。 自意識に絡まって他人が敵に見えるよりも、 博愛の調和に満ちた機械的な人間の方がいい。

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